Column
「ラーゴム(ちょうどいい)」な生活を送るための北欧のライフスタイルを紹介する本連載も最終回です。これまでは子育てや家族との関係づくりに焦点をあててきました。今回は妊娠や出産というライフステージに着目。スウェーデンで活躍する助産師と不妊治療医師が執筆した書籍などから、自分の体と向き合いラーゴムに生きるためのヒントを学びます。
スウェーデンで2019年に出版された書籍「Ditt fertila liv(肥沃な人生のために)」。思春期から更年期まで、女性が知るべき体の仕組みや変化を図表を交えながら説明した、女性の教科書ともいえる一冊です。執筆したのは助産師のエマ・カーリング・ウィドセルと、不妊治療を専門とする医師カロリーナ・トリステンです。
女性がもっとも妊娠しやすいといわれる20代、そこから生殖能力がゆるやかに低下していくという生物学的事実。私たちが過ごす現代のライフスタイルとは乖離があり、その事実をよく知らないまま年齢を重ねている人はたくさんいます。
今回執筆者のエマにお話を聞く機会が得られました。「私たちがこの本を書いた目的は、女性に自分の生殖能力について知ってもらうこと。『教育』という位置づけです」とエマは言います。子どもを授かりたいカップルを数多く見てきたからこそ、女性が自分の体に無知であることに危機感をもっています。
現在の女性は、妊娠可能性や月経周期、妊娠を試みる前に存在するリスクについての知識が少ないです。知ることで、スウェーデンや日本などの先進工業国を中心に世界的な問題となっている不妊リスクを最小限に抑えることができると考えます
日本の教育課程において、女性の生殖能力や不妊について言及する機会が少ないということはわかりますが、出産や育児に先進的なイメージがあるスウェーデンでも、同じ課題感をもっているということは驚きです。
エマは女性は適正なタイミングで十分な情報を入手できていないと言います。
事実にもとづいて決定を下すことができるよう、教育を受けるべき。多くの女性はアクティブで親になる前にキャリアを持ちたいと思っています。しかし、多くの女性が生殖能力のピークを意識しないまま過ごしています
では、必要な知識を得るためのツールには、どういったものがあるのでしょうか。
代表的なものは、専門家が提供する情報サイトです。たとえば、スウェーデンで医療事業を行うゲデオン・リヒター社(Gedeon Richter Nordics AB)は、教育目的のサイト「FertilitetSkollen」を提供しています。生殖能力や不妊リスクが年齢とともにどう変化していくのか、また卵子凍結の方法などについてビデオやQ&Aなどで詳しく説明しています。
このような教科書的なサイト以外に、リアルな経験からの学びも有効です。
出版を機に、テレビの情報番組などにも出演しているエマたち。それ以前からPodcastでも学びの機会を提供してきました。2014年2月に「Ivfpodden」をスタートして、2021年の3月の配信で71回目を数えます。番組名は体外受精を意味するIVF(In vitro fertilization)を冠しており、不妊に関するさまざまな問題に焦点を当てたエピソードをリリースしてきました。
各エピソードは不妊治療に伴うリスクの話や、実際に不妊治療を体験した女性へのインタビューで構成されています。一人一人にストーリーがあるのでまったく同じ経験をしたエピソードというのはないかもしれませんが、リアルな教材から学べることは多いと思います。実際に70名以上の人の体験談を聞く機会をもつのは難しいので、それだけでも価値があるのではないでしょうか。
エマたちは2019年春に不妊についての意識調査目的で来日し、日本の高い不妊治療の技術について学ぶとともに、日本人女性にもインタビューを行いました。そのときの内容をまとめたエピソードも公開されています。
ライフスタイルや家族のあり方が多様になる中で、個人が知識を得るだけでは十分とはいえません。社会のサポートも必要となってきます。
スウェーデンでは不妊治療は税収による医療制度の中でカバーされており、38歳までの女性は3回まで無料で体外受精を受けることができます。事実婚など法律上の婚姻関係がない場合や独身女性、女性同士の同性カップルも不妊治療を受けられることで、子どもをもつというプランが実現しやすい環境です。
日本では法律上の婚姻関係がある夫婦のほか、婚姻予定の未婚カップルや事実婚のカップルが不妊治療を受けられますが、それ以外に対してはスウェーデンのように環境が整っていません。助成金対象については法律上の婚姻関係がある夫婦のみとなっています。
女性の生殖能力は一人一人異なるもの。ライフプランを考えていくうえで、個人の選択肢をひとつでも多く提供していくということは、多様化が進む社会の大切な役割なのかもしれませんね。
日本でも不妊リスクのことをさらに意識づけしていくべきだと考えるエマ。彼女がもっとも危機感をもつのが、日本人女性が手にしている知識の量が圧倒的に少ないということです。
すべての女性が正しい情報を入手でき、肥沃な人生(Fertile Life)を送ることを願っています。医師は女性のライフプランに耳を傾けるべきですし、女性はさらに多くの情報に接したうえでどう考えているかを医師と話し合うべきです。そして、社会全体としても、女性に適切な情報を得る可能性を与えるべきです。
私たちは一人ぼっちではありません。恥ずかしい気持ちを減らし、知識の欠如を最小限に抑えるためにも、お互いオープンに話していくことも必要だと考えます。
私たち自身も心当たりがあるのではないでしょうか。日本の教育課程では自分の体、とくに生殖能力のことを詳しく学ぶ機会はほとんどなく、月経周期についても女性特有に悩みとして腹痛や貧血などネガティブなイベントとして捉えてきた人も多いと思います。妊娠についても不妊リスクを考える前に、早くに子どもをもつことのハードルの高さを感じてしまいます。
自分の体のことなのに、言葉にするのがなんとなく恥ずかしくて緊張する。なぜかタブーのようなオブラートに包まれたような空気感を伴いがちです。それも自分の体がもつ「能力」を正しく理解し、受け入れられていないことに原因があるようです。
エマは「女性が妊娠できることは、すばらしい能力だ」と言います。この言葉はとてもポジティブで、自分の体と向き合うことの大切さを実感させてくれました。
この連載では「ラーゴム(ちょうどいい)」な生活を送るための北欧のライフスタイルを紹介してきました。さまざまな体験を通じて思ったのは、ラーゴムというのは、ありのままの自分をポジティブに受け入れること。そして、家族や友人たちとオープンに協力関係を構築しながら、自分らしく環境の変化にも柔軟に対応していくこと。そんなメッセージが伝わるとうれしいです。
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